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2025年08月27日
横浜商科大学
YCCコラム 竹田教授によるジャングリア沖縄についてのコラム

1.はじめに
2025年7月25日、沖縄本島北部の広大な地に、地方テーマパーク「ジャングリア沖縄」が開業した。開業から1か月が経過し、その斬新なコンセプトは国内外から大きな注目を集め、メディア戦略の効果もあり、連日多くの来場者で賑わいを見せているようである。世界自然遺産にも登録された「やんばる」の亜熱帯の森を舞台に「Power Vacance!!」というコンセプトを掲げ、興奮と贅沢を融合させた体験を提供するこのテーマパークの誕生は、日本の観光業界に大きなインパクトを与えている。しかし、ジャングリア沖縄の真の意義は、単なる新たなテーマパークの出現に留まるものではない。これまでにテーマパークとは、その内部で完結した非日常の世界を提供し、ゲストを外部の現実から切り離すことにその価値の源泉を置いていた。しかし、現代の観光市場において、消費者の価値観は大きく変化している。モノ消費からコト消費、さらには「意味消費」へと移行する中で、観光客は単に与えられた体験を消費するだけでなく、その土地ならではの文化や日常に触れ、自ら意味を見出し、自分だけの物語を紡ぐことを求めるようになった。このような市場の変化は、テーマパークのあり方そのものに再考を迫っている。自己完結型の「島」であることから、地域全体と有機的に繋がり、共に価値を創造する「ハブ拠点」としての役割への転換である。以下では、ジャングリア沖縄の事例を「サービスにおける場の理論」と「地域を読み撮る観光理論」という筆者が提唱する2つの理論的フレームワークを用いて、ジャングリア沖縄が単独で成立するテーマパークではなく、訪れるゲストの創造性を触媒とし、沖縄北部という地域全体と新たな共創関係を築いていく可能性を明らかにしてみたい。
2.ジャングリア沖縄の立ち位置
ジャングリア沖縄の特異性を理解するためには、まず、従来の地方テーマパークと一線を画すその「立ち位置」を明確にする必要がある。多くのテーマパークが、パーク内で体験が完結する自己完結型のモデルを目指してきたのに対し、ジャングリア沖縄は意図的に「地域へと開かれたハブ拠点」としての役割を担おうとしている。この立ち位置こそが近年の観光学が直面する課題を解く糸口となりうる。
例えば、パーク内で完結するのではなく、ゲストの「まなざし」を沖縄北部という広大な地域へと向わせることで既存の地域資源を再価値化するモデルは、持続可能な観光のあり方と合致する。
さらに重要なのは観光客の役割の変化である。ジャングリア沖縄はゲストを単なるサービスの「消費者」として扱うのではなく、地域の価値を発見し創造する「共創者」へと変える可能性を秘めている。この「共創者」への転換を促す仕掛けこそが、ジャングリア沖縄の体験価値構造に組み込まれている。つまり、ジャングリア沖縄は単体で評価されるべき施設ではなく、沖縄北部という地域全体との関係性の中で初めてその真価が理解される新しいタイプの地方テーマパークなのである。
3.ジャングリア沖縄の体験価値構造
ジャングリア沖縄がゲストを「共創者」へと変え、地域へと向わせる力の源泉は、その緻密に設計された体験価値の構造にある。この構造は、「サービスにおける場の理論」が提示するフレームワークによって説明することができる。この理論では、意味付けされたサービスの空間的状況を「サービスの場」と定義し、その価値が「密度的価値」と「テーマ的価値」によって構成されると論じている。
まず、「密度的価値」とは場が持つ「外部との遮断性」を意味する。ジャングリア沖縄は「やんばる」の広大な自然の中にありながら、ゴルフ場跡地を利用することで物理的に明確な境界線を持つ「場」を形成している。ゲストはエントランスを抜けた瞬間から日常の喧騒から切り離され、これから始まる特別な体験への期待感を高める。この物理的?心理的な遮断こそが、非日常への没入感を飛躍的に高めるための第一歩となる。さらに、パーク内には気球?ジップライン?インフィニティスパといったそれぞれが独立した世界観を持つ「小さな場」が複数包含されている。ゲストはこれらの場を巡ることで、興奮?スリル?癒しといった質の異なる非日常を次々と体験し、そのサービス経験は洗練されていく。
次に、「テーマ的価値」とは場に統一された物語性を持たせることである。ジャングリア沖縄は「Power Vacance!!」という明快なテーマを掲げている。これは単なるスローガンではなく、ゲストが体験するすべてのアトラクションやサービスを貫く一つの壮大な物語であり、ゲストとスタッフとの関係性にも影響を与える「コミュニケーション効果」を生む。そのなかでゲストは、手つかずの自然の中で「興奮と贅沢」を味わう冒険の主人公としてパークを体験する。
このようにジャングリア沖縄は、ゲストに対して日常とは全く異なるルールと物語が支配する「状況」を提供しているのである。そして、その中で「Power Vacance!!」という体験の指針、すなわち「文脈」を与える。この「状況」と「文脈」の提供がゲストの感性を日常から解き放ち、好奇心や発見する喜びを最大限に引き出す役割を果たすのである。
4.ジャングリア沖縄と沖縄北部観光の新たな共創関係
ジャングリア沖縄の真価は、その「状況」と「文脈」の機能がパークの外、すなわち沖縄北部地域全体へと作用する点にある。ここで「地域を読み撮る観光理論へ」で提示された新しい観光者の姿が重要な意味を持つ。この理論は、観光客が「自分の目線で地域の日常と向き合いその背後に根ざしている価値や意味を見出す」主体的な存在になることの重要性を説明している。
ジャングリア沖縄で非日常体験を経たゲストは感性が研ぎ澄まされ、好奇心に満ちた「まなざし」を持った存在へと変容している。ゲストがジャングリア沖縄を一歩出たとき、受け身の「消費者」から、地域の価値を主体的に発見する「創造者」へとその役割を変える。ゲストは、ジャングリア沖縄で与えられた「Power Vacance!!」という個人的な「文脈」を携え、今帰仁村の集落や名護の市場といった周辺地域へと足を運ぶ。そこでゲストが出会うのは、地元の人々にとっては当たり前の「日常」の風景である。しかし、ゲストの目には、その日常が全く異なる輝きを持って映る。ゲストは、従来の観光ガイドブックが光を当てなかった風景の中に自分だけの特別な価値、すなわち「自分目線の瞬間」を発見し記憶に刻み込む。この行為こそが、地域の深層にある意味や物語を主体的に探求する「地域を読み撮る」という実践にほかならない。
このプロセスが連動するとき、ジャングリア沖縄と沖縄北部地域との間に、一方的な経済効果の波及ではない「価値創造の連鎖」と呼ぶべき新しい共創関係が生まれる。
連鎖の第一段階は、ゲストによる「日常の価値」の発見と発信である。ゲストが「読み撮った」地域の魅力はSNS等で発信され、これまで地域住民でさえ意識してこなかった「隠れた価値」が可視化される。
連鎖の第二段階は、地域社会の「覚醒」である。ゲストという「外部のまなざし」を通して、地域は自らの足元にある魅力に気づかされ地域への愛着と誇りを醸成する。
連鎖の第三段階は、地域が主体となる「価値の提供」である。地域への愛着と誇りに目覚めた地域住民や事業者自らが、発見された価値を磨き上げ保護し、訪れるゲストに提供する主体へと変わっていく。これは外部の力を契機にして内発的なコミュニティの力を醸成するという新しい形の地域住民主体の観光モデルとも言えるだろう。
この「日常の価値の発見と発信」「地域社会の覚醒」「主体的な提供」という価値創造の連鎖が生まれることで、ジャングリア沖縄と地域との間には一過性のブームではない持続可能な関係性が構築される。価値が高まった地域は次のゲストにとってさらに魅力的なデスティネーションとなり、その評判は巡り巡ってジャングリア沖縄のブランド価値をも高めるという好循環が期待されるのである。
5.おわりに
ここまでは「サービスにおける場の理論」と「地域を読み撮る観光理論へ」という2つの理論を援用し、沖縄北部に誕生したジャングリア沖縄が地域全体と新しい共創関係を築く可能性を論じてきた。その核心は、ジャングリア沖縄がその特異な「立ち位置」と緻密な「体験価値構造」によってゲストの感性を起動させる強力な触媒となり、ゲストを地域の価値を発見する「創造者」へと変えることで、地域との間に「価値創造の連鎖」を生み出す点にある。
このモデルが提示するのは、テーマパークビジネスの新たな地平だけではない。それは、観光を通じて地域が自らのアイデンティティを再発見し、持続的に輝き続けるための新しい希望の物語である。しかし、この壮大な構想の成功はジャングリア沖縄という施設の魅力だけで保証されるものではない。その成否は、外部からの新しいまなざしを柔軟に受け留め、自らの価値へと転換していく地域社会のしなやかさと、訪れる一人ひとりのゲストが持つ無限の創造性にかかっている。
ジャングリア沖縄の挑戦は、まだ始まったばかりである。この新しい関係性が、沖縄北部の地に深く根を張り、豊かな実りをもたらすことができるのか。その過程は、日本の、そして世界の観光の未来を占う、重要な試金石となるに違いない。
参考資料
●竹田 育広 (2002)「消費者行動からみたサービスにおける場の理論」『早稲田商学』第393号,p147-173.
●竹田 育広 (2024)「「地域を読み撮る」観光理論へ」『商大論集』第58巻第1号,p65-73.
ジャングリア沖縄公式ホームページ(https://junglia.jp/)
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